スタッフ紹介 (店主 松尾)



昭和32年 10月25日生まれ(10/25はピカソと同じ誕生日)
昭和39年 10月10日 東京オリンピック開催(これで体育の日ができた)
開催される数ヶ月前に父が亡くなる。しかし、子供だったせいか、閉会式が25日だったので、その方が印象に残っている。 そして、珍しくこの25日、札幌に大雪が降った。
昭和40年

国民車構想ともいえる「パブリカ700DX」がやってきた。
母が免許をとったために、小学生の私の行動範囲も飛躍的に広がる。
このパブリカは空冷エンジンのため、冬のヒーターはガソリンを燃焼させて暖をとる形式。

昭和41年〜

数年間、祖父母の家で育てられる。ここには母の兄弟姉妹がいたので、その年代の
流行りの影響を受ける。

ビートルズのシングル盤を何度も聴けたのもこの時。

出始めのテープレコーダーに、自分の声を録音したのを聞いて「品の無さ」に驚き、きれいな声に興味を持ったのもこの時。

ホンダのバイクの後ろに乗らせてもらったのもこの時。
サンスターのサイクリング自転車(大人用)に興味を持ったのもこの時。

駄菓子屋(札幌では、文房具店がやっていた)でくじ引きを覚えたのもこの時。
学校の前にあったこの駄菓子屋で、漫画の本に載っていた「地球ゴマ」や「アメリカンクラッカー」「(アメリカからやってきた)スーパーボール」「銀玉鉄砲」も全部この時。

昭和44年〜 小学校4年が過ぎた頃、祖父母から離れ、実家である母の元へ。

家のストーブは、石油ストーブ・・・ただし自動点火でないので、マッチを落として点火するタイプでした。
昔は、台所のガスも自動点火でなく、マッチでつけていたので、石油ストーブの方が安全で簡単なような気がした。

他の家ではまだ石炭が多かったので、その点子供にとっては火の取扱は楽になったと思う。

小学校では「カギっ子」でした。祖父母の家から小学校までは30秒、ゆっくり歩いても1分で通学。 それが、越境通学になり、市電で通学することに。そのおかげで、当時運転手の後ろで運転方法を毎日にていたので、ここにくると、この操作などマスターしてしまっていた。

昭和46年

中学の入学時「アマチュア無線」に興味をもつ。新聞に小学生が合格したとの記事があったからだと思う。一年ほど、免許取得に邁進する。他の授業などはおろそかになったに違いない。
中学2年の春休みに受験。学校の担任は鼻から「受かるはずがない」と戦線布告されていたので、根性で頑張ることに。
(学校の成績から見れば、担任のいうことも妥当)

平成24年

ある一定の時期、祖父母に育てられたことで、感受性の強い時期を平穏に過ごすことができた。そのため、ちょっと困難な話で人に頼まれると、なんとなく手伝ってしまってたりしている性格がある。このかかわりこそが「50数年」経っても変わらない姿である。
この「懐かし屋」を編纂し直しているのも、ほとんどが記憶である。それは「人」ともかかわりが印象的に残っているからだと思う。



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